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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和34年(ナ)2号 判決 1960年1月22日

原告 平山勇作

被告 石川県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、昭和三十四年六月二日石川県で行われた参議院議員(地方区)の選挙の無効とする、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は昭和三十四年六月二日石川県で行われた参議院(地方区選出)議員選挙において選挙権を有する選挙人であるが、訴外鳥畠徳次郎は石川県地区より立候補し右選挙に当選し、同年六月七日その旨石川県選挙委員会から告示された。右選挙の法定選挙費用は議員候補者一人につき金百五万五千七百円である。右鳥畠候補が右選挙終了後届出た選挙運動費は右法定選挙費用の範囲内にとどまるけれども、右届出額は虚偽にして、同候補の実際支出した選挙運動費用は左のものだけで右法定の金百五万五千七百円を超過すること実に金一千四百二十四万四千三百円計金一千五百三十万円にも達した。

(1)  金三百三十万円 昭和三十四年五月二十日より五月三十一日まで六百六十台の自動車使用料金

(2)  金二百万円   昭和三十四年六月一日、二日の四百台の自動車使用料金

(3)  金一千万円   投票を得又は得しめる目的をもつて投票とりまとめ、もしくは投票依頼の代償として支出したもの

右金額及び右候補者届出金額以外になお同候補者は多額の支出をしており、右は選挙運動に関する支出金額制限の規定に違反することきわめて明白であり、かかる違反のもとに行われた選挙は自由、公明、適正な選挙といわれない。公職選挙法第二百五条第一項によれば、選挙の規定に違反することがあるとき且つ選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるときは当該選挙は無効である旨規定しているが、右法条にいう「選挙の規定に違反するとき」とは(一)選挙管理の機関が管理執行の手続規定に違反するときに止まらず(二)不公正な手段によつて選挙が行われ選挙の自由、公正の原則が著しく阻害された場合をも指すものと解せられる。前記鳥畠候補の違反事実は右(二)にいう不公正な手段によつて選挙の自由、公正の原則が著しく阻害された場合に該当し、しかもかかる違法がなければ前記選挙の結果に異動を及ぼすことも容易に推認できる。

二、前記鳥畠は前記選挙に立候補当時は自由民主党に所属する党員であつた。そして同人の立候補推せん届は訴外林屋亀次郎外数十名から届出されたものであるが右推せん届出人のうちには自由民主党石川県支部に所属しているものもある。しかしながら右立候補推せん届出には党籍「無所属」として届出されたものである。したがつて右選挙運動期間中は右鳥畠候補はいかなる政党所属の表示も許されないのであつて終始無所属として行動しなければならない。そして石川県管理委員会も同候補を無所属として取扱いその発行又は検閲する文書について政党所属の表示を許してはならない。

しかるに

(一)、右鳥畠候補は選挙運動用ポスター一万一千枚(法定枚数)に「自由民主党参議院議員候補者」と表示してこれを石川県下に掲示し、あたかも同人が自由民主党所属候補者であるかの如く宣伝活動を行つた。右ポスターは石川県選挙管理委員会の検閲を要するものであるが、その際同委員会は右の如き不法且つ不当な表示の使用を禁止すべき責務があるにかかわらず、故意か過失かこれを不問に附して右ポスターに検印をなした。右は選挙の手続規定に違反すること明らかである。

(二)、又、石川県選挙管理委員会発行の選挙公報によれば右鳥畠候補の掲載文中同候補者の肩書に無所属と表示すべきにかかわらず「自由民主党石川県支部推せん」と掲記してある。このような表示はたとえ右候補者の側から申出がなされたとしても、前記の如く「無所属」として届出された以上は、右届出に反してあたかも自由民主党に所属するかの如き表示をすることは許されないのであるから、右選挙管理委員会としてはその表示の掲載を拒否すべき義務がある。そして右選挙公報は石川県下約二十万世帯に配布された。

元来選挙運動用ポスター、選挙公報は選挙に関する宣伝の威力が絶大であつて、これによる選挙運動はきわめて重要なものである。したがつて右の如きポスター、公報が石川県下に掲示、配布されることによつて右鳥畠候補があたかも自由民主党に所属するかの如く宣伝され、同党員或いは同党を支持する相当多数の有権者が、右鳥畠候補を自由民主党所属の候補者と信じて投票したであらうことは、当然窺知できる。そして、もし右ポスター、公報に無所属と掲記してあつたならば、右選挙の結果に異動をきたしたであらうことも、また容易に推測できる。

三、つぎに、前記選挙に当り、金沢市選挙管理委員会は、金沢市味噌蔵校投票所前に立候補者の氏名等を掲示する際、同選挙の立候補者神戸世志夫の氏名に振仮名を附しなかつた違法がある。有権者のうちには漢字の読めないものもいるだらうし、かかる不平等な掲示は選挙の公正を害し又これによつて右神戸候補に対する投票は著しく減少することが推察できる。そしてもし右の如き過誤がなければ右選挙の結果に異動をきたしたであらうことも、また容易に推察できる。

よつて、、前記選挙無効の判決を求めるため本訴に及ぶ。

(立証省略)

被告訴訟代理人は本訴請求を却下する、訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告の請求原因中には法定選挙費用の超過を理由としているものであるが、元来法定費用超過は後記の如く選挙無効の原因とならず、これを理由とする訴の提起は当選訴訟に限られる。しかも右当選訴訟の場合でも、公職選挙法第二百五十一条の二第二項の規定により出納責任者が同法第二百四十七条の規定に違反し、刑に処せられた事実があつてはじめて同法第二百十一条の規定に基き当選訴訟の提起が可能なのである。右請求原因に関するかぎり本訴は訴訟要件を欠く不適法なものであるから却下さるべきものである。

二、請求原因一、について

原告主張事実中、原告が昭和三十四年六月二日石川県で行われた参議院(地方選出)議員選挙において選挙権を有する選挙人であつて、訴外鳥畠徳次郎が右選挙に石川県より立候補し右選挙に当選し、同年六月七日石川県選挙管理委員会からその旨告示されたこと、及び右選挙の法定選挙費用は金百五万五千七百円であることは認めるが、その余の事実は知らない。

元来選挙無効に関する訴訟は公職選挙法第二百五条第一項に規定する如く「選挙の規定に違反するとき」に限られる。

右規定の趣旨は、選挙が法律に定められた手続に従つて公正に行われることを担保するため選挙の管理執行機関がその管理執行の手続に関する規定に違反する場合に限り当該選挙の無効訴訟を許したにほかならない。選挙運動に関する支出制限の規定違反は右法条にいう「選挙の規定に違反するとき」には含まれないのである。したがつて、もし原告主張の如く鳥畠候補が法定選挙費用の金額を超過して支出し、それが選挙運動に関する支出制限の規定ないし選挙運動の取締規定に違反したとしても、公職選挙法第二百四十七条(同法第百九十六条)により出納責任者が刑事上の責任を問われ、又さらに進んで同法第二百五十一条の二第二項、第二百十一条の規定により出納責任者が選挙費用の法定額違反の罪を犯し刑に処せられてはじめて当該当選人の当選無効の訴訟を提起し得る可能性があるだけである。要するに原告主張の如き選挙費用の法定額違反は当該選挙それ自体の無効の原因とはならない。

三、請求原因二、について

原告主張事実中、前記鳥畠が自由民主党の所属党員であること、同人の立候補推せん届出は訴外林屋亀次郎外数十名のものからなされたこと、立候補推せん届出書には党籍「無所属」と記載してあること、選挙運動用ポスター、選挙公報にそれぞれ自由民主党、自由民主党石川県支部推せんと記載されてあつたこと、石川県選挙管理委員会が原告主張の如く法定制限枚数一万一千枚の選挙運動用ポスターを検印したこと及び同選挙管理委員会が右選挙公報を県下約二十万の有権者の属する世帯に配布したことは認めるが、その余の点は争う。すなわち、

(一)、選挙運動用ポスターに関する制限として公職選挙法は第百四十四条、及び第百四十五条の規定を設けている。右法第百四十四条第二項によれば、当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会が右ポスターの検印をしなければならないものとされている。しかしながら、その目的並びに趣旨は同条第一項の規定からみて明らかな如く、各候補者一人ごとのポスターの枚数を確認し、その制限枚数を超えないようにするにあるものと解せられる。もつとも同条第三項によれば、ポスターの規格が定められ、又第四項によればポスターには掲示責任者及び印刷者の氏名及び住所の記載が法定要件とされており、その違反防止のため右規格、法定記載事項について当該選挙管理委員会はこれを審査し違反があれば検印を拒否するのが適当とされる。しかしながら、選挙管理委員会の行う検印は、ポスターの枚数、規格、及び法定記載事項についていずれも形式的に審査することで足りるもので、その他の記載内容等について実質的に審査すべきものではない。

のみならず、前記鳥畠候補は元来自由民主党に所属する党員であるが、同党より党籍証明書の交付が得られなつたために、やむなく立候補推せん届出書に記載すべき政党欄に「無所属」と記載したにすぎない。

しかし右候補者が自由民主党員たることに変りがないから、選挙運動用ポスターに原告主張の如く自由民主党と記載してもこれをもつて違法ということはできず、又前段主張の理由により石川県選挙管理委員会としてはそのポスターの検印を拒否することはできない。したがつて右ポスターに関し右選挙管理委員会には原告主張の如く選挙の規定に違反した違法はない。

(二)、原告は、石川県選挙管理委員会発行の選挙公報における「自由民主党石川県支部推せん」の記載は、前記鳥畠候補があたかも自由民主党に所属するかの如く表示したものであるから、右選挙管理委員会においてかかる表示の掲載を拒否すべきであると主張するが、この点については現在選挙公報の発行手続、掲載の方法等を定めている公職選挙法第百六十七条ないし第百七十二条のいずれの規定からみてもそのような結論はでてこない。すなわち、選挙公報における掲載文は現行法上候補者の申請によつて掲載するものであり又その内容については当該本人から提出された掲載文の原文をそのまま掲載しなければならないのであつて、石川県選挙管理委員会において候補者の掲載文の内容を審査検討して掲載の許否を決定する権限も義務もない。これは候補者の政見等の発表の自由を保障し、もつて選挙の自由と公正を確保しようとする趣旨に基くものである。したがつて、本件選挙公報の発行について何らの規定違反はない。

四、請求原因三、について

金沢市第十一投票区投票所(味噌蔵町小学校講堂兼雨天体操場)入口の前に公職選挙法第百七十四条第一項の規定により昭和三十四年五月二十六日から掲示されていた前記選挙の候補者の氏名等の掲示のうち、神戸世志夫の氏名の振仮名の部分が何人かの行為によつて剥ぎ取られていたのが、投票当日の同年六月二日に発見されたという事実があつたが、原告主張のように最初から振仮名をつけて掲示したという違法の事実はない。

当日午後三時五十分頃右投票所へ投票にきた一選挙人が右振仮名の部分が剥ぎ取られてあるのを発見してこれを右神戸候補に通報し、同候補からさらに同日午後四時二十分頃石川県及び金沢市選挙管理委員会にその旨連絡があつたので、金沢市選挙管理委員会書記長は直ちに代りの掲示用紙を持つて現場に赴き同日午後四時三十分頃これを補正した。その間きわめて僅かの時間である。石川県選挙管理委員会としては前記選挙において立候補者の氏名等の掲示について常に慎重を期し、掲示後の破損剥脱等の事故防止のため責任者を定めて期間中毎日巡視させていたのであつて、管理上必要な注意は怠つていなかつたのであるが、本件の如きは偶々何人かのいたずらによるもので、しかもその事故発見後の措置についても迅速適確になされた。したがつて右事実をもつて直ちに選挙の規定に違反したと非難するのは当らない。

(立証省略)

理由

一、被告訴訟代理人は、その答弁の冒頭において、法定費用超過を請求原因(但しそれは請求原因の一部)とする原告の本訴請求は訴訟要件を欠く不適法なものであるから却下さるべきものであると主張する。しかしながら、本件記録によれば原告の本訴請求は公職選挙法第二百十一条の規定に基き当選人の当選無効の判決を求めているものではなく、同法第二百五条の規定に基き選挙無効の判決を求めているものであることが明らかであるから、右請求原因が選挙無効の原因として理由があるかどうかは別として、本訴請求を直ちに訴訟要件を欠く不適法なものとすることはできない。被告の右主張は採用できない。

二、原告が昭和三十四年六月二日石川県で行われた参議院(地方選出)議員選挙において選挙権を有する選挙人であつて、訴外鳥畠徳次郎が右選挙に石川県より立候補し、右選挙に当選、同年六月七日石川県選挙管理委員会からその旨告示されたことは当事者間に争がない。ところで、原告の本訴請求は右選挙の無効を求めるにあるところ、公職選挙法第二百五条第一項によれば、選挙の無効の原因として(一)選挙の規定に違反したとき、及び(二)選挙の結果に異動を及ぼす虞あるときの二つの要件が必要である。そして本件における主たる争点は右選挙の規定に違反してなされたかどうかにある。そこで右争点に言及する前に、まず公職選挙法第二百五条第一項に所謂「選挙の規定に違反するとき」とはいかなるときを意味するかについて当裁判所の見解を明らかにし、爾後の判断の一助とする。すなわち右の「選挙の規定に違反するとき」とは、主として選挙管理の任にある機関が選挙の管理、執行の手続に関する明文の規定に違反するとき、又は直接そのような明文がなくとも選挙の管理執行手続上選挙法の基本理念たる選挙の自由、公正の原則が著しく阻害されるときを指し、単に選挙運動の取締規定や罰則規定に違反するときを含まないものと解するを相当とする。右見解を基礎にしながら以下順次争点について説明を加える。

三、法定選挙費用超過の点について

公職選挙法第百九十四条ないし第百九十六条、第二百一条の四等の規定によれば、選挙運動の公正を期するため選挙運動に関する支出金額が制限され、当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会はその制限された法定費用額を告示しなければならないのである。このような制限に基く本件選挙の法定費用額は金百五万五千七百円(候補者一人につき)であることは、当事者間に争がない。ところで、原告は、前記鳥畠候補は自動車使用料金として金五百三十万円、投票取りまとめ若しくは投票依頼の代償として金一千万円、計金一千五百三十万円もの金額を支出し、それだけでも右法定選挙費用に対し金一千四百二十四万四千三百円超過して支出している。このような不当な支出は選挙の自由、公正の原則を著しく阻害するものであるから公職選挙法第二百五条第一項に所謂「選挙の規定に違反するとき」に該当する、と主張する。しかしながら、原告主張の如き支出がなされた事実を認めるに足る何らの証拠がなく、又たとえそのような事実があつたにしても、選挙運動費用の支出は選挙の管理執行手続に関するものではないし、本件選挙の管理機関たる石川県選挙管理委員会の管理し得る範囲内の事柄ではないから、それによつて右鳥畠候補の出納責任者が公職選挙法第二百四十七条の罰則規定により刑事上の責任を問われ又はこれによつて右鳥畠の当選が無効とされる(同法第二百五十一条の二第二項第二百十一条参照)余地のあることは格別、右法定費用の超過の事実をもつて直ちに冒頭説示の意味における「選挙の規定に違反したとき」に該当するものということはできず、したがつて本件選挙無効の原因とすることができないものと解する。

四、選挙運動用ポスター及び選挙公報について

本件選挙における鳥畠候補推せん届出は訴外林屋亀次郎外数十名からなされたものであること、右推せん届出書中同候補者の所属政党欄には「無所属」と記載されてあること、しかし同候補者は本件選挙に立候補当時自由民主党所属の党員であり右立候補推せん届出者中には自由民主党石川県支部に所属する者が含まれていたこと、石川県選挙管理委員会は右候補者の選挙運動用ポスターに検印をなしたが右ポスターには右立候補推せん届出書の記載(無所属の記載)と異り「自由民主党」と記載されてあつたこと、同委員会の発行した選挙公報中右候補者の掲載文に「自由民主党石川県支部推せん」と記載されてあつたこと、右ポスターの法定制限枚数が一万一千枚であつたこと、及び右選挙公報が石川県下約二十万の有権者の属する世帯に配布されたことはいずれも当事者間に争がない。よつて右の如く鳥畠候補推せん届出書における党籍「無所属」の記載どおりに表示されなかつたポスター、選挙公報に関する石川県選挙管理委員会のなした検印又は発行手続に公職選挙法第二百五条第一項に所謂「選挙の規定に違反した」違法があるかどうかについて以下右文書別に検討する。

(一)、選挙運動用ポスターについて、

成立に争ない甲第二号証ないし第四号証によれば右候補者の本件選挙運動用ポスターは公職選挙法第百四十三条第一項第五号に規定するポスターであることが窺知できる。そしてこのようなポスターは同法第百四十四条第二項の規定に基き本件選挙に関する事務を管理する石川県選挙管理委員会の検印を受けなければならないのである。そこでまず右検印の目的又は内容について考えてみるに、右法第百四十四条の規定をみると、その第一項において右の如きポスターの枚数を制限し、第二項において右ポスターは検印を受けなければならないとし、第三項において右ポスターの規格を制限し、第四項において右ポスターの表面に記載すべき事項として掲示責任者及び印刷者の氏名、住所を掲げており、又右法第百四十五条は右ポスターの掲示箇所についての制限を定め、さらに右法第百四十七条は右ポスターが枚数、掲示箇所の規定に違反して掲示された場合に選挙管理委員会においてこれを撤去することができる旨規定している。右法第百四十四条の規定における各項の配列順序、右各規定の内容、及び公職選挙法全体の構成並びに態度等詳細に検討してみると、公職選挙法は選挙管理機関による選挙運動に対する不当な干渉を警戒しながら選挙運動における公正を期するため、選挙運動用ポスターの管理について、その枚数、規格、掲示箇所等形式的、外形的な点における明確且つ画一的な制限を設け併せてその違反責任の所在を明かにしようとしているのであつて、その管理執行手続の内容はきわめて形式的なものに終始していることが認められる。したがつて右法第百四十四条第二項に規定する検印の内容は形式的な審査にかぎられ、その主たる目的は各立候補者一人毎の右ポスターの枚数を確認し併せてその制限枚数超過の違反を阻止することにあるものと解するのが相当である。そして右ポスターの本件の如き記載内容についてこれを審査、規整することは、前記の如く選挙管理機関による選挙運動に対する不当な干渉を招く虞れがあるから右検印の目的内容となるべきものではないと解するのが相当である。成立に争ない乙第一号証石川県公職選挙運動実施規則(第十条ないし第十三条参照)によるも選挙運動用ポスターの枚数確認のため石川県選挙管理委員会の執るべき検印の様式、方法、手続等の詳細を規定するに止まり、右ポスターの記載内容の審査、規整等については何ら規定するところがないのである。したがつて以上の各規定によれば石川県選挙管理委員会としては前記の如く本件ポスターにおける前記記載内容が前記鳥畠候補の立候補推せん届出書の記載と異るの故をもつて、これを不当として積極的に干渉し規整することは勿論、本件ポスターの検印を拒否すべき権限も義務もないものといわなければならない。そうすると本件ポスターに関しては本件選挙管理機関に選挙の管理、執行に関する明文規定に違反した違法はない。

つぎに前記鳥畠候補の立候補推せん届出書中同候補者の所属政党欄における「無所属」の記載は、同候補者がいかなる政党所属の党員でもないということを意味しない。すなわち、公職選挙法施行令第八十八条第一項、第二項、第五項の規定によれば、候補者の立候補届出書又は推せん届出書に候補者となるべきものの所属する政党その他の政治団体の名称を記載することが要求され、右記載の真実性を証明するため当該政党その他の政治団体の証明書(参議院議員の選挙については政党その他の政治団体の本部の総裁、会長、委員長等の証明書)の添付が必要である。右政党の党籍証明が得られなければ所属政党の名称が記載ができず、立候補届出書又は推せん届出書には「無所属」と記載するよりほかないのである。ことに証人田頭孝三の証言、被告石川県選挙管理委員会委員長鈴木雄市本人尋問の結果によれば、本件選挙には前記鳥畠を含む三人の自由民主党員が立候補し、その間公認争いが演ぜられたこと、その結果右鳥畠は右政党所属の党員でありながら公認の選に洩れ右党の党籍証明を得ることができなかつたため、前記のように立候補推せん届出書に「無所属」と記載せざるを得なくなつたといういきさつが認められる。かくして、右「無所属」の記載は政党その他政治団体の右証明書を得られなかつた場合記載すべき相当広い意味を有する呼称である。したがつてそれは鳥畠候補が前記の如く自由民主党所属の党員であることと矛盾しないし又これを否定すべきものでもない。又成立に争ない甲第二号証ないし第四号証によれば前記ポスターにおける「自由民主党」の表示は右候補者の氏名の上部或いは写真の下部に記載され、前記立候補推せん届出書の記載と比較するとき一見妥当を欠くように思われるけれども、右候補者が前記の如く事実上自由民主党所属の党員であるかぎり右ポスターの記載は必ずしも真実に反しない。そうすると、石川県選挙管理委員会が前記各規定に基き右記載をそのまま黙認して検印したとしてもこれをもつて直ちに本件選挙における自由公正の原則を著しく阻害したと認めることはできない。

以上要するに本件ポスターに関しては、石川県選挙管理委員会は右ポスターの検印を拒否すべき明文上の義務はなく、これを拒否しなかつたとしても、前記冒頭説示の意味における「選挙の規定に違反した」違法はなく本件選挙無効の原因とはならない。

(二)、選挙公報について、

公職選挙法第百六十七条第一項、第百六十八条第一項ないし第三項、第百六十九条第二項の各規定によれば本件選挙における選挙公報は石川県選挙管理委員会において発行すべきものであつて、これに掲載すべき前記鳥畠候補の氏名、経歴、政見等は同候補者から右選挙管理委員会宛に一定の制限字数の範囲内で申請された掲載文に基くものであること、そして選挙公報には右申請の掲載文を原文のまま掲載しなければならない(但し制限字数を超えるときは選挙公報に掲載しないものとする)と定められてある。これらの規定は選挙運動の公営ないし選挙管理機関の行う啓蒙運動に関する一規定であつて、その目的とするところは候補者の政見等の発表の自由を保障し選挙の自由公正を確保しようとするにあるから、かかる規定に違反したときは前記冒頭説示の意味における公職選挙法第二百五条第一項に所謂「選挙の規定に違反したとき」に該当することはいうまでもない。本件弁論の全趣旨によれば、前記選挙公報に掲載された「自由民主党石川県支部推せん」という表示は右鳥畠候補からの申請に基く掲載文の原文にも存し、石川県選挙管理委員会は右原文のままこれを右選挙公報に掲載し、これを発行したものと認められる。その限りにおいてそれは何ら右各規定に違反するところがない。ただ、右「自由民主党石川県支部推せん」という表示は右候補者の前記立候補推せん届出書における「無所属」という記載に照らすと、いささか妥当を欠くように考えられないでもないが、さりとて石川県選挙管理委員会において右表示の部分を選挙公報に掲載することを拒否する権限並びに義務を定めた現行規定はどこにも見当らない。もつとも、成立に争ない乙第一号証石川県公職選挙運動実施規則中第五十四条の規定によれば、候補者は既に提出した掲載文の撤回、修正を県選挙管理委員会に申請することができると定められてあるから、この規定を活用して石川県選挙管理委員会において前記掲載文の表示が妥当でないと考えればその修正ないし撤回方を勧告し是正することも可能であらうが、右規定からは右委員会のかかる勧告の義務すら認められず、況んや自らこれを修正ないし撤去する義務など到底認められない。のみならず、前記説示によつて明らかな如く、右鳥畠候補が事実上自由民主党所属の党員であり、前記立候補推せん届出書における「無所属」の記載が同候補者の右党員であることと矛盾しない以上、右選挙公報中同候補者の掲載文に「自由民主党石川県支部推せん」と表示してあるからといつて、他に特段の事由のないかぎりこれをもつて直ちに選挙の自由公正が著しく阻害されたと認めることはできない。そうすると、本件選挙公報の発行に関するかぎり前記冒頭説示の意味における「選挙の規定に違反したとき」に該当すべき点は見当らない。

五、氏名の掲示について

成立に争ない乙第三号証の一ないし五及び証人田頭孝三の証言によれば、本件選挙における金沢市第十二投票所(同市味噌蔵町小学校講堂兼雨天体操場)入口に掲示してあつた各候補者の氏名等の掲示のうち神戸世志夫候補の氏名に附されてあつた振仮名の部分が何人かの故意又は過失によつて剥ぎ取られた事実があつたこと、右事実は選挙当日これを発見した者(氏名不詳)より金沢選挙管理委員会に連絡され、さらに同委員会から石川県選挙管理委員会に連絡されたこと、石川県選挙管理委員会が右市選挙管理委員会より連絡を受けたのは右当日の午後四時頃であつて、この連絡を受けた石川県選挙管理委員会が直ちに係員を現場に派遣し同係員が同日午後四時三十五分頃現場に到着したときは既に金沢市選挙管理委員会の手によつて補正されていたという事実が認められる。右認定を覆すに足る証拠がない。元来、候補者の氏名等の掲示は公職選挙法第百七十三条ないし第百五十五条等に規定され、右法第七十五条に基く石川県公職選挙運動実施規則第六十七条(成立に争ない乙第一号証参照)によれば、候補者の氏名には振仮名を附さねばならないと規定されているのであるが、右認定事実によれば石川県選挙管理委員会が右各規定に違反して右神戸候補の氏名に当初より振仮名を附さなかつたという違法は豪もない。もつとも、石川県公職選挙運動実施規則第六十九条によれば、市町村選挙管理委員会は氏名等の掲示箇所並びにその掲示物がその掲示中において破損剥脱等を生じないように常に注意するとともに、その掲示が著しく汚損又は剥脱したときは直ちにこれを補修しなければならないと規定されてあり、右神戸候補の氏名の振仮名が何人かの行為により剥ぎ取られたという事実それ自体からみて管理機関の管理行為に全然手落がなかつたとは断言できないが、その剥ぎ取られた振仮名の部分が前記の如くごく短時間のうちに補正された点を考慮するとき、これをもつて直ちに右規定に違反した違法があるとはいえず、選挙無効の原因とすることはできない。

六、以上説示のとおり原告主張の法定費用、選挙運動用ポスター、選挙公報、氏名の掲示等の各点については、公職選挙法第二百五条第一項に所謂「選挙の規定に違反したとき」に該当すべき違法がないから、原告の本訴請求はその余の判断をするまでもなく理由がなく、失当でありこれを棄却すべきものとする(被告は本訴につき「請求却下」の判決を求めるも、弁論の全趣旨によれば請求棄却の判決を求める趣旨も含まれているものと解する)。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小山市次 高沢新七 至勢忠一)

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